うたうポリゴン

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終戦記念日のシーズンこそ、ドラえもん映画を

 お盆休みそして終戦記念日のシーズンである。だからこそ、ドラえもん映画である。なにせ、一歩間違えば地球はメカトピア星の鉄人兵団に侵攻され、人類は奴隷にされていたのだ。
 我々が今こうしてのんきにインターネッツなんてやっていられるのも、全てのび太たちのおかげなのだ。「それはフィクションの話だろう」と言われればそれまでなのだが。

 話がいきなり飛んだが、今年になって『新・鉄人兵団』(2011年)を観たのをきっかけにドラえもん映画にハマり、2期(2006年以降)劇場版を消化している。全部観たら記事にしようと思っていたが14本の一気レビューは無謀すぎる。なので今回は概論とイチオシの『新・鉄人兵団』のレビューにしたい。
 ドラえもん映画の魅力とは何か。よく言われるように冒険物としての面白さと、のび太ドラえもんをはじめ仲間たちとの友情・絆である。そしてゲストキャラとの出会いと別れがあり、また日常に戻っていく流れが一本の映画としてまとまりをよくしている。

導入部(ここまでは1話完結テレビシリーズと同じ)→スケールの大きい冒険へ乗り出す(巻き込まれる)→終結と別れ、また日常へ

 という構成がスムーズかどうかも、ドラえもん映画の評価のポイントである。

ドラえもんという「便利キャラ=舞台装置」が主演も兼ねるシンプルさ

 ドラえもんは「便利キャラ」というモデルを集約した存在である。たいていのフィクションは『名探偵コナン』の鈴木園子のようなお金持ちキャラがこの役を担う。あるいは主人公が大物政治家と仲良くなったりして「特別に」どこかに入れたり活動できることが多い。普通のフィクションの場合、これらの「便利キャラ」にさした意味はなく、単なる舞台装置である。主人公・ヒロインやメインキャラとはあまり関係ない場合が多い。
 ところが、ドラえもんは主演どころか定義上は主人公である。劇場版はタイトルに「のび太の(と)」とあるように実質的主人公はのび太で、そのパートナー的存在(厳密には「量産型の子守用ネコ型ロボット(友達タイプ)」らしい)ではあるが。
 ともあれ、この「便利キャラ=主演」の構造が、話の展開をシンプルかつ感動的にしている。

のび太が小学生なので、無駄に恋愛要素をからめないで済む

 しずかはあくまで「仲間」であり、ゲスト女性キャラともラブコメ要素はないことが脚本の自由度を上げている。子供向けなようでいて、少年漫画やラノベにありがちなラブコメに辟易している大人向けでもあるのだ。当然、無用なお色気シーンもないので女性向けでもある(しずかの例の風呂くだりは劇場版でもあるが、抑えめ)。

 以上から藤子・F・不二雄先生のプラットフォーム構築力は素晴らしいし、自ら旧劇場版の「大長編」を描いていたので実践力がすごい。

否定派への反論

 次にガチなアンチもそういないと思うが、ドラえもん映画が嫌いな人のよくある意見に反論したい。というか、私も最近までこうで遠ざかっていたのだ。

 これについては映画を自分で観たことがないか、「原作理解が浅い人」と言ってしまおう。表面だけを見ればたしかにそう見える。
 まず、状況が違う。原作・テレビシリーズと劇場版は、日常と非常事態の違いである。そしてジャイアンスネ夫は真の悪人ではない。本当に仲が悪いならテレビシリーズでも旅行など、一緒に行動したりはしない。もちろん探せば原作やテレビでガチクズムーブはあると思うが、全て「子供のやったこと」で水に流せるのである。
 もちろん、脚本の都合もある。ジャイアンスネ夫が「協力しない、参加しない」で話が成立するか、一度書いてみろと言いたい。ちなみにスネ夫は劇場版では出木杉の「物知りキャラ」ポジションも担っている。劇場版のジャイアンあるあるとして、終盤で「ここは俺たち(ジャイアンスネ夫)に任せて先に行け」と敵の足止め役を買って出ることが多い。

 のび太の活躍についてはたしかにご都合主義かもしれない。
 一応擁護すると、射撃だけは得意なので道具や銃を使った戦闘で活躍する整合性はある。またコミュ力は意外とあるので、映画のような非常事態・乱世向きの人材かもしれない。
 そもそもエンタメ映画で主人公が活躍しないでどうするという話。また、のび太の両親をはじめ一切の大人が介入せず「自分たちだけで解決する」ところも「お約束」として楽しむべきだろう。

  • ドラえもんの道具=チートで問題解決、活躍しているだけ

 それを言うなら「能力バトルもの」の能力だって同じだし、フィクションの登場人物は才能、コネなど何かしらのチートに守られている。決して道具頼みでなく、与えられた状況でどう頑張るか、機転や駆け引きなどが存在するから面白いのである(ただの道具無双では面白くないから、なんらかのアクシデントで使えない局面も多い)。


 さて、ここからは個々の作品のレビュー。ドラえもん映画を比較評価する上で、評価ポイントは三つにした。「ドラえもん映画らしさ、子供向け、大人向け」である。
 一覧は以下を参照。
ドラえもん映画作品 - Wikipedia

新・のび太と鉄人兵団 〜はばたけ 天使たち〜(2011年)

ドラえもん映画らしさ:B 子供向け:S 大人向け:S

 一言で言えば、「全ての要素を満たしている。エンタメ映画として完璧な仕上がり」という評になる。全体のストーリーはシリアスだが、子供向けでもある。まず「ロボットもの」の時点で男の子ウケはいいし、しずかの出番の多さ、ラストの大活躍ぶりから女の子が見ても満足度が高い作品になっている。リルルに対して激昂した時の「あんた」呼びはたいへん珍しく、歴代でも貴重なシーン。
 全体のテーマも素晴らしい。人類の歴史を振り返り、なぜ現代では反差別や平等が大切なのか、改めて知ることができる。そして、単なる反戦平和ではなく人間には戦わなければいけない時もあるという現実も描いている。

 ドラえもん映画の中では異色作ではある。まず異世界(タイムマシン、どこでもドアでの旅行や異星)での冒険がない。(基本的に)すべて現代日本で話が進行する(異星「メカトピア」も出てくるが回想シーンのみ)。なので「ドラえもん映画らしさ」はBとした。
 違和感があるとすれば、いつものキャラクターたちの頭が良すぎる。特にドジキャラのはずのドラえもんが賢すぎる。鉄人兵団相手にゲリラ戦をやるくだりなど、「お前はヤン・ウェンリーか」とツッコミたくはなるが全体を見れば些細なこと。
 リメイク作品としてのアレンジぶりも秀逸。旧作では存在感のなかった(あっさり改造される)ジュドという存在に「ピッポ」という新たな命を吹き込み、のび太-ピッポ、しずか-リルルという二つの軸ができ、物語を厚みを持たせている。
 旧作を熟知していたBUMP OF CHICKENの主題歌『友達の唄』も神がかっている(ただし、リメイク要素は含まれていない)。カラオケDAMでは映画の映像付きなので、ネタバレはあるが未見の人もダイジェストとしてオススメ(尺の長さもあり、記事末尾の予告編よりも内容が濃い)。

 スネ夫に自慢されロボットがほしい(もう持ってるだろ→ドラえもんじゃ嫌だのくだりは笑える)、からの無邪気にロボット(ザンダクロス)を組み立て、遊ぶ導入部からシリアスな展開への流れも見事であり、構成は完璧。この映画では特に「別れ」の重さがすごく、そこがまた泣けるのだが。
 例によって大人たちは介入しないが、これについては鉄人兵団侵攻についてのび太ママは「漫画の読みすぎ」と信用しないし「あちこちに電話をかけるが相手にされない」という流れをちゃんと入れているため無理がない。
 たった5人の子供が、地球を守るために戦うという戦争映画でもある。ぜひとも『スーパーロボット大戦』に参戦…できるわけないだろ(ちなみにザンダクロスは「百式」をモチーフにしたらしい)。

「映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 ~はばたけ 天使たち~」公式サイト
 公式サイトの予告編はFLASHだが、youtube版もあった。
www.youtube.com
 原作(大長編)漫画、旧作との比較も解説されていて素晴らしいまとめ!
togetter.com

 というわけで、お盆休みはドラえもん映画を観るべくレンタル屋に走ろう。残りの13作品についてはまた改めてレビューを書く。