うたうポリゴン

魔王K++(ケープラ)のポータル兼個人ブログ

ツイキャスは危険なネット人間関係加速装置—依存から恐怖症へ

f:id:maoukpp:20190819034711p:plain (ツイキャスの画像がありませんでした)
 まず、ツイキャスについてよく知らない人向けに(ツイキャスには動画もあるが、今回触れるのはラジオ配信のみ)。
ninoya.co.jp
 上記記事では綺麗なことしか書いてないが、負の側面を語りたい。タイトルの通り、依存者だった私が個人的いざこざから、ツイキャス恐怖症になってしまった。。
 どちらかというと、増田で書くようなネタかもしれない。恐怖症になったきっかけだが、2週間くらい前にDMの内容をキャス上で喋られ、さらにコラボキャスに呼び出された(その時点で他の仲間とコラボもしていて、実質的吊るし上げ)。これだけだと私がいきなり被害に遭ったようだが、そこまでの対立もあった(次回の記事で詳しく書く)。
 当然そんなコラボには応じず、それを機にその人・界隈とは断絶した。事実としては、それだけの話。ツイキャスで盛り上がり(中にはコメント欄で知り合った人もいる)、ツイキャスで終わった関係だった。

 ツイキャスの依存性の高さ、セキュリティの甘さについては細かい話は#24 8/4の定例キャスでした(PWは聞かれればだいたい教える)。
 ざっと要約すると、「セキュリティの甘さ」というのは一足飛びに仲良くなれてしまう。ネット、Twitterで普通にからむよりも何倍も早く好感度を稼げてしまう。これが危うい。
 ツイキャスをリアルタイムで聴いてもらえ、コメントをもらえるととても嬉しい。嬉しい、楽しいから依存性も高い。依存関係はコメンター含む相互で、多くて20人くらいの小集団=界隈。ある程度フォロワーがいれば突発でも20人くらいは集まるし、コラボの相乗効果もある。時間を前もって決め告知しておけば、弱小垢でもそこまで動員困難な人数でもない。この、サロン的な小集団がヤバい。
 私は主に聴く側だったが、間違いなくコメント依存者だった(20人いたらキャスを普段やる側は5-10人くらいだろう)。毎日のように界隈誰かのキャスに「参加」するのは、麻薬的楽しさがあった。喋って、聴いて、書いて。喋って、聴いて、書いて。丸1年くらい依存症生活だった。
 依存対象となるのはツイキャスの中でも、不定期・高頻度の雑談系コラボキャスや、ソロでも常連との雑談コメントがらみキャスのことである。純粋な一人喋りだったり、コラボでもテーマがちゃんとあって対談ラジオ的なキャスは含まない。またアルファツイッタラーなどの有名人でリスナーが多ければ物理的にコメントは全ては読めず「拾う」形になり距離感があるので、これもラジオに近い。
 とりあえずの結論。

  • チート技を使って仲良くなっただけの関係は、壊れるのも早い。さらに周囲を巻き込む
  • コメントは挨拶程度の最低限にとどめ、基本的に黙って聴くのが無難
  • ツイキャス依存者は、ツイキャスをプライベートな空間だと思っている


 一つ昔話を。まだ個人HPの時代、よく見に行くページがあった。そこの掲示板はファンで賑わっていた。HP主がお題を出してそれに答えるようなのがメインで、ラジオパーソナリティハガキ職人たちのような関係だった(私はROM専だった)。
 掲示板は当然、雑談もあるしファン同士のからみもある。そのうち、常連同士が喧嘩をし出した。二派に分かれた戦いだった。ほとんど常駐している常連は嫌でも目につくし、アンチも多かったのだ。また主とのからみが多ければそれだけ「嫉妬」も買いやすかった。
 HP主も仲裁したりしたが収拾がつかず、結局掲示板のログ全削除という結末を迎えたのだが、今回私に起きたこともこれに近い。

  • ファン間で、うざいと思っている常連がいる
  • 主を巡って、常連同士がガチの喧嘩を始める

 幸いなことに今回私にさほど影響力もなく、界隈自体もそこまでメジャーではないので大きな騒動にはならないだろう(次の記事では好き勝手書くが)。仲違いだけならネットに限らず、よくあることだ。

 しかしこのツイの通り、今はコメントするのも怖くなった。他人の庭にお邪魔するので、誰かに嫌われるリスクがツイキャスは高い。録音(録画)でリアルタイムじゃなくても聴けるのはとても便利だが、コメントが常に残る仕様なのも時に不便。
 ツイキャスにはブロック機能もあるが、これも運用が難しい。ブロック相手が自分のキャスにコメントできなくなるのはいいとして、他人のキャスだと「見えなくなる」だけなので、うっかり大嫌いな相手がいると気付かずにコメント参加してしまいかねない(気にしないならそれはそれだが)。
 逆に嫌われてブロックされても、相手からすれば「場」の空気を乱されるのは不快だろう。嫌いな相手がコメント欄にいたら、ブラウザそっ閉じするくらいしか自衛策がない。

 ……なんという恐ろしいことをやっていたんだろう。あのツイキャスへの熱狂ぶりは一体なんだったのか。今でもまだ整理がついていない。
 これまで経験した中ではネトゲのチャット依存に近い(今回のケースでは仲違いをして、ゲームごとやめてしまった格好)が、ツイキャスはクローズドなものではなく基本的に全公開、「公開された密室」だ。さらには声、喋りの効果もありさらに依存性が高い。凶悪だ。冒頭で紹介した記事にも【リアルタイムゆえに可能な“濃い”コミュニケーション】とある。この「濃さ」やスピード感こそが中毒性の根源だ。
 私がいた界隈の主要メンバーは、皆重度の依存症である。一種の精神疾患と言っていい。程度の差はあれ、もちろん私もだったが。いざこざによる恐怖症も、自業自得と言われればそれまで。これもまた別の精神疾患かもしれず、いわば精神疾患のハシゴ状態。
 とにかくこの、「依存から恐怖症」というギャップに戸惑っている。あんなに依存症だったのに。一人喋りの定例キャスは続けているので、完全に縁を切れていないところもよくないのかもしれない。ただ一人喋りは当面やりたい。

 今わかっていることは、今後自分のツイキャスがもし盛り上がったらとても嬉しいが、もう昔のようには楽しめないということだ。まさにトラウマ。他人への影響と、自分の依存と。ツイキャスは二つの意味で恐ろしい。
 キャスは、自分のためにやらねばならない。いま、目の前には、アイスのようによく冷えた現実だけが広がっている。