うたうポリゴン

魔王K++(ケープラ)のポータル兼個人ブログ

お笑いリベラリズムの台頭

 珍しくテレビ、お笑いの話。ライブに行くほどではないが私は昔からお笑いが好きである。昔はテレビ、漫画、ゲームしか娯楽がなかったので、ナチュラル・テレビっ子。
 とんねるずダウンタウンを見て育ち、おそらく一番お笑い芸人に憧れた世代と言えよう。私がボイトレ評論家としてものまね特番が好きなのも、その延長である(なので、ボイトレ系若い世代の無関心に驚いている)。
 今年はとんねるず冠番組が終わったり、節目の年でもある。パワハラ、セクハラ・ミソジニーの笑いがウケなくなり、時勢を無視できなくなった。そうは言ってもテレビはアラサー以上世代向けのもの、演者もスタッフも40代が主力なので、そこの価値観が強いのはもちろんある。が、それでも確実に変わりつつある。
 今回の記事のきっかけは、お笑い芸人「三四郎」の記事。
bunshun.jp
 三四郎・相田さんの言う、パワハラ、いじめ的な【「つらいお笑い」の概念がないんだと思います】…素晴らしい考えだ。全否定はしないが、そういう笑いが主力の時代じゃないという考えだろう。
 私はこのようなイマドキの芸人の考えを「お笑いリベラリズム」と名付けたい。全体的に、同世代の芸人でも関西の方が保守的な感じがする。関東芸人でも5歳上になると、まだまだとんねるずチルドレンという感じ。

 レコーダーに残っていた2016年2月4日放送のアメトーーク「オリラジ同期芸人」を改めて見返してみた。この回は11年間の栄枯盛衰、下克上がすごくて単純に面白い回だが、私はこの世代の芸人たちとほぼ同い年なのでより親近感があった。
 面子はオリラジ、はんにゃ、フルポン、トレンディ、ニッチェ、三四郎。私は今回、彼らの共通項に気付いた。それは、「基本的に(目下の)他人を攻撃した笑いを取らない」ということ。「誰も傷つけない」サンドウィッチマンが最近評価を上げているように、時代のトレンドはこちらなのだ。
 番組内でニッチェが、「オリラジと4人でロケの企画があったが、全然笑いが生まれなかった」というエピソードトークをしていた。曰く、まず登場時の衣装でブスいじりをしてほしかったが、オリラジ中田「俺たちは女性にブスとかあまり言わないから、普通にいいねって」。
 私はこのロケの放送を見てないが、どうだったんだろう。派手な笑いはなかったかもしれないが、別に悪いものではなかったのでは。安易なブスいじりの方が、もう、古いのだ。
「女芸人は、ブスであらねばならない。美人は芸人から引かれてしまい、腫れ物扱い」というお笑い業界のミソジニーは昔からひどい。女芸人もその呪縛に苦しみながら、「ビジネスブス」をやっている。最近では、推測だが女性プロデューサーが増えた結果、クソ面白くもない逆セクハラ芸が増えたりしている。だからテレビが若者から見放されるんだよ。
 でも、私と同年代以下の芸人・スタッフがこれから主力になっていけば自然と変わっていくのではないか。絶対的地位を築いたかに見えた老害もいつかは退場し、時代はゆるやかに動いていく。

 アメトーークなどでもちょいちょいパワハラミソジニーが顔を出すし、観覧の若い女の子がそれを笑って受け入れているのを見ると暗澹たる思いになる。が、これは強者に染まってしまうだけで仕方がないことなのだ。
 観覧の女の子も、センスのない女性プロデューサーも男社会の犠牲者。そのうち気づく。地獄のようなインターネット男女沼を見ていると絶望するが、あんなものは世界の一部。リアルの方がはるかにましで、前向きになっていい。三四郎らオリラジ同期芸人たちに、そんな希望を感じた。

コンビニエロ本問題は公共の福祉案件である

 改めて、コンビニのエロ本(成人誌)問題について考えてみます。

 2017年の千葉市ミニストップの件も、私は当時から支持していました。あれは元々「カバーが(コスト的に)不可能なため全面撤去になった」だけで本来の目的はゾーニングでした(下記記事にもあるように大阪堺市ではカバーゾーニングが実施されている)。
www.nippon.com
 ついこの間も ananセックス特集で物議を醸しました(この記事公開後には書店でのラノベ表紙問題…何度目?) ちなみにこのツイはある有名アカウントとの議論がツリーになってます。よければどうぞ。
 この件に関して、ネットで散見される(三流)フェミニスト女性を私は支持しません。敵に回ります。
 曰く、女性の欲望は自制できているだとか、普段抑圧されている側だからいいんだとか、あくまで性の教科書だとか、性暴力・加害コンテンツではないとか…。

(゚Д゚)ハァ? 「きれいな核兵器」かよ!

一般誌の面をかぶったエロ系も含めすべてゾーニングすべき

 明らかにイケメンを性的消費してるだろ。はい、実際に私はあの表紙を見て嫌な気分になりました。イケメンしかセックスできないみたいな圧力を感じる。そんな教科書があるかっ。人権意識のない怨念系フェミニストにありがちだが、自分がやられて嫌なことを男に「倍返し」、半沢直子してる場合かと問い詰めたい。

 たしかに「子供に見せたくないから」「子供の教育に悪い=性消費価値観を再生産する」という理由だけでは弱いというか、子供を盾にしているようで卑怯。性的表現ゾーニングの根拠は、環境型セクハラだから。
 大人でも当然、女性は嫌な気持ちになる。男の私ですら、朝っぱらから見たくない。今回のようなイケメンポルノやBL雑誌がコンビニに並んでいたらと思うとぞっとするし、女性の心痛は察するに余りある。私はフェミニストだ。
 たとえ法的に問題なくても、公衆の面前で全裸になったりセックス始められる人は少数派。それがすべて。屁理屈を抜かすな。
「全年齢向け」少年漫画誌も表紙でたまに物議をかもすが、これらは「表現のチキンレース」と呼ばれている。エスカレートしていく出版業界によるソフトポルノ氾濫は大きな問題。一括したゾーニング対策に国・自治体は踏み切るべきである。ジャンル問わず見出し含めた表紙がすべてで、内容などどうでもいい。週刊文春・新潮のような表紙なら完璧。
 もちろん出版・表現の自由はある。エロ表紙本をコンビニや、書店でも入口付近の目立つところに置くなというのが私の主張。これは完全に小売側の対応次第で、エロ表紙本が陳列されづらくなり「販促に不都合」となれば出版社も自重するしかない。

そもそもコンビニは、誰のものなのか

 私は30代で、東京出身。30年前というと1988年。私の成長と共に、90年くらいからコンビニはどんどん増えていった(東京といっても広く地域差もあろうが)。「夜遅くまで、弁当からパンツまで売っている」ことが独身男性の喝采を得た。当時は酒を置けると有利なので、酒屋さんがFCオーナーになるケースが多かった(その後の規制緩和で酒は当たり前になった)。
 酒もエロ本も、すべて成人男性向けだった。「よくわからない店」なので高齢者は近づかない。子供はアイスやお菓子を買うくらい。昼休みに外出できない中高生は、朝コンビニ飯を買って行くスタイルが広まった。客単価で言えば圧倒的に、成人男性がメインターゲットだった。それもよそのお店が閉まる夜が稼ぎ時。
 では現代は、誰のものなのか。言うまでもなく、全世代の男女向けである。昔にくらべコンビニには女性誌が増えたし、食料も女性向けの健康志向・スイーツが多い。酒でさえほろ酔い系があるほど。

 主婦も高齢者も買い物するし、各種手続きのために訪れるコンビニ…その定義がいま問われている。今回は良識派フェミニストとして、真っ当なことだけを言ったのでオチとかないです。

ツイ廃引退-リアルでもネットでも、広すぎる場所で「政治」を語ってはいけなかった

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 ここ1年くらい、チャットオンリーの、Twitterという名のネトゲ依存者だったなあと。。
maoukpp.hatenablog.jp
 あれから1年2ヶ月、不満というより不毛さはさらに蓄積していた。最近は
TLを見る→腹が立つ→人の悪口を言う
 というパターンが増えてきた。いや、そればかりになってきてよくないなと自覚しつつもやめられない、まさに依存者状態。このままエスカレートすると、いずれ炎上するまでもなく特定層のヘイト集めて凍結まっしぐら。
 ひたすら攻撃的・露悪的に書いた前回記事も私の本音ではあって、人目というかウケるかなど気にせず、とことん暴走して破滅するのもありと思っていた。ストレス解消で言いたいことを言うスタイル。でもこれ「解消」になってないし、私には一応本業というやるべきことがあり凍結は困る…アンガーマネジメント。
 ひとまず対策として増えすぎたフォローを整理したが、根本的解決にはなっていない。1年前、上記記事の直後にも「平日はROM、日曜だけツイート」を試みたことがあるが、恐るべき依存性で見事に挫折。

依存の鎖を断ち切る、すごいライフハック

 そこで、移住。依存を消そうとだけするから無理なのであって、新たな依存先を作ればいい。マストドンの仕様は上記記事のような私の希望をすべて満たすものではないが、それでも、

  • そもそもの人口がまだ少ない(最大手インスタンスのpawooで40万。Twitterはアクティブユーザーで4000万)
  • 分散型が「とっつきにくい」ため、リテラシーのない人はそもそもやらない
  • したがって、イデオロギー中毒者がまだ少ない。著名人や企業公式垢は存在しないので「つながりすぎない」

 あたりが大きい。個人的には既に移住した知り合いがゼロでなかったことも大きいが。

 ネット論客という扇動家が跳梁跋扈する、Twitter衆愚政治には飽き飽きした。当たり前だが、どちらかというとオールドメディア向けのまともなことをTwitterで言ってもウケない。本来アピールしたい層にはリムられ、敵ばかり増える。これ以上続けても本業(ボイトレ評論家)に差し支えるだけでメリットがない。
 これまでも主張してきたように、ネットから生まれた邪悪な集団が選挙やデモ・社会運動など、リアルに出てきた時は迎撃しなければならないでしょう。しかし、ネットでいくら戦っても扇動家を倒すことはできないし、信者の説得も不可能。男女論で怒り狂っている人を止めることも、私にはできなかった。無力。過去の記事を消したり撤回することはないが、今後は関わるのをやめる。

 それでも、フォロワーが3000くらいいてウケがよければ楽しかったのかもしれない。結局のところ、私は負けたのだ。Twitterでブレイクする才能がなかった。それは認める。逆に言うと、Twitterにしがみつく必要もないわけで何をやっていたんだろう。惰性とはこのこと。

敗者の弁と反省

 元々は、ボイトレ界隈だけでは広がりがないので広く一般層にアピールする狙いがあった。有益な出会いもあったが、弊害も大きかった。そもそもTwitterで「政治」にどっぷり浸かってる人は単なるネトゲ依存者(おまいう)で「一般層」でもないよねっていうターゲットの見誤りもあった。ネットでウケようとすると、どうしてもネット依存者に寄っていってしまう。
 これはTwitterでの大きな反省点。対策として、垢分割・転生では不十分。あのマス・バズり体質では結局また黒い波に飲まれてしまうだろうし、何より気分を変えたい。

 インターネットであっても、「政治」を語ってはいけなかった。「政治」というネトゲに依存してしまう。男女論が特にだが、憎悪・分断の波に飲まれそうになる。リアルだけでは出会えない人とのからみは、楽しい面もたしかにあった。だが、もうお腹いっぱいだ。飽きたし、倦んだ。そして詰んだ。実際「エンドレスエイト」のようなループ、同じことの繰り返しで、最近は自分RTだけで事足りるようになってしまった。
 私はmixiは疲れるほどやらなかったが、なるほどSNS疲れとはこういうものか。しがらみ・人間関係というより、TwitterというSNS全体と自分自身に対して疲れが来てしまった。
 3年、という歳月は以前も書いたが恋愛・転職などでも一つの節目。マストドンには著名人や企業の公式垢などは現状いないし、参入する気配もない。実名の政治家などをフォローしていると支持者とみなされ、それだけで角が立ったりする。そんな「政治」にもうんざりだ。
 note・ブログも育ってきたしこれ以上Twitterをメインにする意味はなくなった。垢削除はしないが、今後は基本botと告知のみ。あとはDM用。RTはすると思うが日常的なつぶやきも全てマストドンで。askなどの質問サイト系もTwitterには飛ばさない。音楽的なことは「声の輪」で、それ以外はマストドンという運用の予定。どうしてもTwitterで発言しなきゃいけない場合はTwitterでやりますが、おそらくそんな出番はないでしょう。

 今後はマストドンという名の冥界で余生を送る。あえてここにマストドンのURLなどは貼らないので、興味がある人は自分で探してください(すぐわかると思いますが)。もっともTwitterと同じようにブログ内に埋め込みもできるので、今後はそうするかも。
 課題もある。Twitterでは嫌いな人間が増えすぎた。これからマストドンに人が増えるということは、当然そっちも増える。これまで以上にミュートとブロックを積極活用し、平和な運用を心がけたい。アンガーをマネジメントしていこうじゃないか。

ネットの権威はくだらねぇww ネット論客なんざ恐れることはないし、それこそが自由なネットを殺す

 ここ半年くらいで、俺はいったい何をビビっていたんだろう、何を忖度していたんだろうという思いを新たにした。
 


「ネットでは」「Twitterでは」有名な論客・アルファをdisるのは勇気の要ることだった。なぜなら、フォローしている人はもちろん、相互フォローの人からも賛同的RTが回ってくる。ひいては、直接持ち上げるような発言も回ってくる。包囲されてるような圧力があった。

 仮に反論するとして、真実としての正しさよりも、フォロワーにリムられるとか、今後もフォロワーが増えないようなムーブをするのが怖かった。一応、ネット民として。フォロワーを増やしたかった身として。
 が。慣れてきたのか、飽きてきたのか知らないが。もはや、今となっては。

くだらねぇww

 の一言に尽きる。インターネットの原点はどこへ行ったんだと。SNSで言いたいことを言って、運営に凍結されるならそれはそれ。またよそのサービスで、自前サイトでも好きにやればいい。それこそがインターネットだろ。
 そもそも、たいした奴らじゃないんだよネット論客なんて。歳もせいぜいアラフォーで俺と変わらないし、ほとんどがたいした学識があるわけでもない。
 作家、評論家、ジャーナリスト…どのジャンルにしても一流どころかプロにすらなれなかった奴らでしかない。芸術の世界で言ったらゴミ。本当に実力・才能があるならジャンル問わずとっくにブレイクしてるもんね。ネットという狭い世界で、「なんとなくすごい奴的オーラを出せるゲーム」のうまい奴というだけの、錯覚。大人の雰囲気力DS。まやかしの権威。
 ネットなんて、所詮はリアルの出涸らししかいないわけで、本当に圧倒されるような人間などいない。フィクション・創作系はまだしも、言論系にはろくなのがいない。…というのがTwitterにどっぷりと3年浸かった人間の結論。信じたくない人間は信じなくていいけど、これが真実だからいつかは気づくでしょう。

1割の過激表現から9割の批判をなかったことにする言論封殺 すごい外交術

f:id:maoukpp:20180813224731p:plainmaoukpp.hatenablog.jp
 前回の続きです。

あれから

http://hyogokurumi.hatenablog.com/entry/2018/08/05/112132hyogokurumi.hatenablog.com
 本日、来未さんは反省文を発表しました。私などに対する「問いかけ」だけが宙に浮いていて、来未さんが何を反省しなければいけなかったのかが見えてきません。最初から「自分と同じジャンルのスポーツで」戦ってなどいない強者相手に、何を忖度する必要があるのか?

8/11追記
hyogokurumi.hatenablog.com
「役目は済んだ」と反省文は本人の意志により削除され、謝罪文が公開されました。ツイートと同じ(1ツイートで済む)文章で、時間がかかった割にあまりにあっけない。正直コメントに困るのですが、今後更新される可能性も考えツイートではなくこちらを上げておきます。
「今後、氏には一切言及しない」そうですが、これが自発的なのかそういう要求があったのかは不明です。この先もずっと。追記ここまで)

 書評→ブロックから始まった喧嘩の中で一部過激な表現もあったと思いますし(暴力団うんぬんではない)、そこを謝罪するのはいいと思います。
 が。
 今回の件だけでなく、メンヘラ.jp・生きづらい界隈系の記事をごそっと削除…。私が前回記事に貼ったリンクも消滅。発端となった書評のTogeも。さらには別の人が作ったこれも。

 それだけでなく当該期間のツイート削除&フォロー整理。私もフォロー外されましたが、なんとか条例もびっくりの対応。あくまで「自主的に」とはいえ、正直、ここまでさせるとはドン引きです。
 これらが意味するものは、タイトルにもした通り言論封殺です。批判してきた相手に因縁をつけて、言ってもいないことを捏造し、訴訟をチラつかせて圧力をかける。さらに憶測ですが、交友関係にまでケチをつけたりもする。
 すべてをうやむやにし、誹謗中傷・名誉毀損という既成事実だけが残る。来未さんの記事は、借金玉氏本人だけでなく発達障害バブル、生きづらい界隈、そして出版社への不信感や疑念があったからこそ一定の支持を得られたのです。批判の中には見るべき点も多々あったのに、ちゃぶ台を丸ごとひっくり返すパワープレイ。
「批判的な意見は一切許さん」って、全体主義って言うんですよねたしか。私もあれから借金玉氏には昆虫呼ばわりされたり、(私と過去にバトルした)ボイトレ垢だったら100回くらい垢消ししているであろうダメージを負いました。別に訴えたりはしませんが。 出版社パワーすごい。だからネット言論人は皆、本を出したがるんですねw

三者による卑劣な圧力

 私はあまり、人のツイを自分のブログに貼らないのですが。

 嫌がらせ勢is何? 有名人と喧嘩すると、こういうわけのわからん外野が、事情通()が出てきて圧力かけてくるんですよ。
 ええっと、こういうのを虎の威を借る狐って言うんだっけ。法務が出てくるとかなんとか。ええっと、こういうのをスラップ訴訟って言うんだっけ。まさにヤ…(自主規制)。 仮に訴えたとして、素人意見ですがこんな次元でしょう。この事情通とのやり取りが来未さんの判断に影響があったかまではわかりませんが、誰だって裁判は怖いですよね。影響の有無に関係なく、このようないじめリーダーの取り巻きみたいな卑劣な圧力は許せません。

ネット言論の一つの死

 私は1ミリも謝らないし、ブログを消すつもりもありません。敵の狙いはまさにそういう分断にあるのでしょうが余計な配慮は無用、一人一派で「やっていきましょう」。
 今回の来未借金玉事変、大勝利と信者は大喜びでしょうがまともなファンはどんどん離れていくと思います。私だってここまでアンチみたい(著書はもちろん借金玉氏の本業的な文章は読んでない)になることもなかった。そして、後ろ盾である某出版社もそろそろ気づいている頃合いだと思います。こんなことをやられて迷惑なのはどっちだという話。
 インターネットの言論において、今回の事件は歴史的汚点となるでしょう。これが悪しき慣例にならないことを祈ります。

 捏造には

  1. 切り取り&拡大
  2. 歪曲&飛躍
  3. 補填&結合

 の3パターンがあります。今回は文脈を創造したという点で2と3の併用でした。捏造をやられたらきちっと反論していきたいですが、ネット強者の暴力的拡散は本当に恐ろしく、弱小垢はあまりにも無力。
 自己防衛として前回今回と記事は書きましたが、私も今後Twitterでも言及はなるべく控えようと思います。得るものがなく時間の無駄でもあるし、正直この人(とその周辺)には関わりたくない。
 まとめとして、愚痴のツイートで終わります。 BAD END

書評をしただけの僕が「暴力団デマを流す人」に変わった すごい扇動術

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 今回はほぼタイトルだけが先行した記事ですが、私の名誉のため、記録のために残しておきます。つまり、自己防衛おじさんw
http://hyogokurumi.hatenablog.com/entry/2018/07/26/103819hyogokurumi.hatenablog.com
 この記事についてです。経緯は
1. 書評のTogeにコメントする(そもそも私はこの本を読んでないので、あくまで書評から見て取れた印象を述べただけ)
togetter.com
2. その後の来未さんのツイに賛同するようなファボRTをする
3. 借金玉氏にブロックされる
 暴力団うんぬんは全くの誤解なのだが、ここまでなら別に仕方がないと思います。プロでも作家でも、嫌いな人間をブロックする自由はある。
4. ブロック→スクショして粘着・印象操作される


 問題はこれ。ネット強者の立場でこれをするという悪質な行為。これまでも氏は来未さんに限らず敵対した相手をよく晒し上げていました。ただしブロックを多用するようになったのは今年に入ってからだったかと。ともあれ、どうみてもフォロワー3万のアルファに晒された私の方がダメージはでかい。
 氏は「本を出してからうんざりすることが増えた」とか言ってましたが、Togeにもコメントした通り、外部の批判に晒されることが出版。
 自分への批判はすべて差別や中傷だとし、相手の印象操作に終始するのは典型的なネット論客しぐさ。あなた、まだこんなことやってるんですか。プロ・作家を名乗る人間が何やってるんだ。
 いいかげん喧嘩屋・ネット論客は卒業して大人になれよ。それで有名になった人間が足を洗うのは難しいかもしれないが、キャラ変の時期だろう。それとも、それが発達障害の症状なのか?

 繰り返しますが私は氏の本を読んでないし、ネットで話題だったので乗っただけで興味もないです。最終的に言いたいことはこれですね。

岡本さん刺殺事件に見る、一つの時代の終わり

 ブロガーが刺殺された。私は被害者の彼のことを全く知らないので、報道のようにあえてHagexさんではなく「岡本さん」と呼ぶ。一方犯人は、自首しているのでほぼ確定だが便宜上「松本容疑者」と呼ぶ。
 事件直後から、この事件へのブログが量産された。心から岡本さんの死を悼むならまだしも、斜に構えた悲しみ方と松本容疑者への嘲笑がとても気持ち悪かった。普段、私が読んでいるブログでさえもそうだった。アルファブロガー=PVの申し子が死してハイエナに食われ、それがまたPVとなっていく…グロテスクな構図に見えた。
 カウンターとして、松本容疑者視点の匿名ブログが出てきた。


 最初は私も岡本さんに寄っていたが、徐々に私はこちらの方に共感するようになった。きっかけはともかくネット強者から弱者への一方的な攻撃、多勢に無勢の孤立感が続く。松本容疑者の無念、絶望ぶりが伝わってきた。この事件には「ネットいじめ」の側面がある。
 むろん、殺人・暴力を肯定することはない。言論に対するテロと言っていい。また「松本容疑者は九州大学卒のロスジェネで氷河期が…」とかいう同情にはまったく与しない。そういう人間だから就活がうまくいかなかっただけ。なんでも氷河期のせいする、Twitter氷河期芸人にはうんざりしている。松本容疑者の学歴・職歴はここではどうでもいい。
 しかし単なるテロでは割り切れない部分がこの事件にはある。ネットでは通常、いじめ被害者が自殺したら加害者を総叩きにするし、今回のような逆撃事件が起きれば加害者=いじめ被害者に同情するのがお決まりパターン。秋葉原や新幹線の通り魔事件でもその傾向は見られた。それが、ネット強者相手だと手の平を返す。フェアじゃない…私の違和感は最初からそこにあった。
 あくまで結果的にだが、この事件はインターネット社会において大きな意味を持つ。それは、調子に乗ってるネット論客を青ざめさせたこと。

身に覚えのある人間ほど、今回の事件に怯える

 ネットの有名人は、公開はしていなくても顔や本名がバレていたり、イベントに出ていたりする。煽っても炎上しても所詮はネットだと、安全だと思っていた。それが崩れた。人生を捨てて特攻してくるアンチの力は、侮れない。
 Twitterでもネット論客は敵の中から弱い相手だけを選んで、晒し上げる。論争というより、数の力で押し切る単なるパワープレイ。仮に最初に論争仕掛けた側であってもこれをやられた方は、そりゃ恨みを買います。


 ネットで有名になった人は、それが本能であるかのようにマネタイズに走る。広告収入、本を出したり有料コンテンツでも稼げるが、ネットだけでは限界がある。そこで多くの人はイベントに登壇する。規模は様々だが、セミナー・講演会・トークイベントなどの形態。
 お金のためでもあるし、何より「講師」という立場は最高に気持ちがいい。それだけにリアルイベントの直後に刺されるって、フィクションの破滅シーンのような展開なんですね。以下、これまで全く危機感のなかった人の例。

ヘイトを稼ぐネット論客時代の終わり

 記事での引用をちょっと見ただけだが、岡本さんはいかにもブログブーム時代の一世代前のブロガーだなと感じた。つまり露悪的・ゲスい俺カッコイイというスタンスがもうちょっとダサい(それを貫くスタイルを否定しないし、面白い人ももちろんいます)。立場は全く違うが岡本さんも松本容疑者も、ネットの申し子だった。世代的に、こういう人たちは徐々に減っていくのかなと。ただし今の2ch世代、アラフォー世代がこれから高齢化するし、この手の事件はますます起こっていく危険性は高い。

 ちょうどこの件と関連して、私が宿敵のようにずっと批判していたテラケイ(白饅頭)の私へのブロックが発覚。


 彼は「政治」に長けているので、この事件を利用した形(被害者ムーブ)ではあります。しかし、肝を冷やしたのも本当でしょう。実際トークイベントに対して脅威となりうる。散々女性・フェミニストをバカにしてきた報い。女人禁制にしてもいいが、ミソジニーの姫的な女性ファンはがっかりだし、私がそうであるように男のアンチも多いしいざとなれば男装も可能。歌手のコンサートのように手荷物検査をしたり、警備員を雇えばコストもかさむ。そして今回の襲撃がそうであったように、イベント内だけでなく「出待ち」にも気をつけないと。
 素行の悪い人ほど、今後イベントやオフ会は自粛ムードになるでしょう。少なくとも値上げは避けられない。逆に、真面目にやってきた人はチャンスです。素晴らしいことですね。

インターネットのガイドラインが必要

 私も2ch世代ですが、いまインターネット言論のあり方が問われている。決して、何を言ってもいいわけではない。特に他者への攻撃は。「法的なラインを超えなければいい」というのがこれまでのセオリーだったが、もうそれは通用しない。相手を「論破」して、集団で嘲笑して、その先にあるものは?
 ネット強者はそういう自覚を持つべきだし、弱者・敗者の恨みは想像以上であることを知るべき。どうしても攻撃的にやりたいなら、「リアルに一切出ない」スタイルでやるべきだし実際そういう人も多い。地上と地下、今後は棲み分けが進むと思う。
 こういうことを書いていると、私も自分で耳の痛い部分がある。私など3年もやってTwitterフォロワー300もいない弱小垢だが、人によっては強者に見えるんだろう。無名垢との過剰なバトルは避けるようにします。なるべく。