うたうポリゴン

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ボイトレ十年愛〜ここまで、そしてこれから

 2017年は私にとってボイトレ10周年に当たるのでその記事を書かねばと思いつつも、どう書いたものか難しく先送りになっていました。悩んだ結果私のボイトレ経歴総括というより、せっかくなので言いたいことを改めて言う記事にします。発声技術的な思い出話は、また別途。

私がボイトレ評論家をやっている理由

 アンチ対策というわけではなく、重要なことは何度でも主張しないといけないなと最近は強く思ってます。
 まずはじめに、ボイトレに対して喜びの声がなかったら、こんなことはやっていないんですね。音楽的に音域がすべてではないもののX-JAPANやワンオクなんて、どうあがいても歌うことができなかったんですから。もちろん、全くボイトレなんかしたことがない友人知人のカラオケを聞いてきた中では、現在の私と同等以上の人もいました。人前で歌うとか歌うまの視点ではようやくスタートラインに立てた、と言えるでしょう。
 昔の私には何が足りなかったのか、今では手に取るようにわかります。ボイストレーナーや歌うまはみんな謙遜して「昔は下手だった」と言いますが、本当にダメな状態から何年もボイトレして改善できた人、そしてこういう風に発信している人間はほとんどいません。このギャップを伝えていけたらなと思います。

 アンチ目線ではきっと不思議に思うでしょうね。nanaを聴く限り、なぜこの程度の実力で偉そうなことを言っているのかと。あまり苦労・努力自慢はしたくないのですが、底辺からここまで這い上がったからですよ。世の中には歌えない人がたくさんいます。ボイトレしてもほとんど効果がなく、挫折していった屍であふれています。芸術の中でも本当に厄介で、時間のかかりなかなか成果が出ないのが発声なのです。
 運動音痴にとっての鉄棒の逆上がりのように、できる人にはなんでもないことがとてつもない壁になる。では逆上がりは才能なのか? 違いますよね。正しい指導で、辛抱強く年単位で努力すれば誰でもできるようになります。障害がない限りは。歌も同じです。

 初期のツイートですが、これが私の原点ですね(noteのTwilogまとめ記事にもしてます)。

ボイトレは不幸な趣味、同じ立場の人間とはまず巡り会えない

 この活動を2年間やってみてわかったのは、歌という趣味はまずジャンルで壁があるし、ボイトレという共通項があっても仲間を見つけるのはなかなか厳しいのだなと。2ch(現5ch)は民度が低い(私がやってた過去スレはまともな人が多かったですが)とかそういう問題ではなくどこでも同じということがわかりました。
 これは歌うまにとっても同じで、しょうもない取り巻きor無料ボイトレ教えて君ばかり集まってくるが、切磋琢磨するライバルや教え合える仲間とはなかなか知り合えないというか自分から積極的かつ上手にからむしかない。ボイストレーナー志望の人と、ただの歌い手では視点も志も違う。まあ、難しい。技量、声種・タイプ、音楽的嗜好、ボイトレの考え方すべてが一致する仲間に巡り会えたら奇跡でしょう。馴れ合いを最優先にしないのであれば、目的を達成した人からいなくなっていく印象があります。

 何度かnoteに書いたりTwitterでもあった、私がフースラー歌うま界隈とぶつかった原因もおわかり頂けたでしょうか? 弱者は去れと言わんばかりの空気には断固として抵抗します。そこに悪意の有無は関係ないです。悪意がない方が罪深いと言えるかもしれない。

それでも私は、この活動を続ける

 当初は仲間と出会いたいという動機もありましたが、前述の通りそれはもう諦めました。それでも、やめません。ボイトレで苦しんできた人の5人くらいの役には立っているはず。これからもやっていけばそれが50人くらいにはなるだろうと。一人でもカラオケ(およびその先)を楽しめる人間が増えてほしいというのが私の願いです。
 そして私の第一の目的は発声リテラシーの強化、すなわち一般人にボイトレをというものを知ってもらうこと。広めること。現役引退してただのツイッタラーになろうとも、おそらくこのままやっていきます。雑談程度であっても、発声には必ず触れていくのですから。現状、評論家として嫉妬するようなライバルも不在ですし(いたらいたで燃えてくるのかも)。
 ネット上でボイトレブログ・動画はたくさんあれど、Twitterで本気出している人は私が活動始める前にはいなかった。なぜかというとTwitterは金にならない。ツイ単位でのSEO対策ができず書いても埋もれていくし、Twitterでアルファになるのは容易ではない。なので全般的に、ビジネス界からは放置されています(アカウントは作るが力は入れない)。そこで私はTwitterメインで行こうとしたわけです。思った以上に楽しくて、向いていたのは予想外でしたが。

 もちろん私のボイトレは終わりではなく、まだまだ上手くなる予定です。マイペースですし、この先どこまで成果が出るかもわかりませんが。見返りがなくても続けるのが本当の愛ですね。この記事のタイトルはそういう意味です。「趣味を超えて愛へ」…これをボイトレマニア向けのスローガンとしたいですw
 最初のイメージとは少し違う形ながら、今やこの活動自体が私の最大の趣味なので今後も続けていきます。