うたうポリゴン

魔王K++(ケープラ)のポータル兼個人ブログ

『モヤモヤする正義』を読む意味、巻き込まれた時のための政治哲学

 約560Pと普通の本の二冊分はゆうにあるボリューム、三部構成で各テーマを丁寧に論じていて、かつ文章も読みやすいので間違いなく良書で、政治思想系の本の決定版と言える。
davitrice.hatenadiary.jp
 素晴らしい内容なのでぜひ読んでほしい。「大学の講義でこの本を教科書に1年かけてじっくり学びたい」などと夢想する読後感だった。このような著者が正当に評価され、報われる世の中であってほしい。ファンとしてその1票を投じた。

 著書というのは基本的に著者のファンが買うもので、これまでのブログやネットメディアの記事を読んできた(連載コラムは未読)私にとっておなじみの内容が多いが、それでも初見の内容も多く十分なボリューム。ファンとしてはまず満足のいく仕上がりだった。
 しかし、9月末に出た本の購入を約1ヶ月間ためらったのは理由がある。最近の私のブログを見てもわかる通り、男女論やポリコレ、政治思想とは距離を置いている。魔界(Twitter)からは足を洗って1年以上になる。
 私の政治思想は、3年前のこの記事でほぼ完成している。今後も大きく変わることはないだろう。もうこれ以上、本を買ってまで学ぶ必要が、意味があるのかと思ってしまったのだ。改めて社会で起きている嫌な事例を再確認して、嫌な気持ちになるだけじゃないのか、と尻込みしてしまった部分もある。
maoukpp.hatenablog.jp
 しかりやはり、学ぶべきだろう。この本が繰り返し訴える「理性」を身に着けるために。「レトリック」に騙されないために。そして、自衛のために。

 魔界(Twitter)をやっていると、ある日突然炎上することが誰にでも起こる。あなたが女性なら女叩き界隈に、男性ならばフェミニズム・反差別界隈(上記記事で定義したPAAA)によって。うっかり異性への不満や悪口などをつぶやいた時、「検索アタッカー」(と私は呼んでいる)という日々敵を探して叩き回るアカウントに捕まることがある(彼らはキーワード検索をしているので、相手が有名か無名かは関係ない。1回も「いいね」もRTもされていないツイートであっても、攻撃してくる)。たいていの検索アタッカーは無名垢なのでそれだけで炎上はしないが、時としてネット論客がそれに乗っかったり、自ら検索アタッカーをやることもある。
 だから私は、Twitterのことをここ2年くらい「魔界」と呼んでいる。ネット特にSNSでは、地獄の陣営闘争が日々繰り返されている。地獄と表現したのはセレクティブ・エネミーやエコーチェンバー、金儲け主義(金銭インセンティブ)……どちらの陣営にも不誠実な人間(平たく言えばクズ)が多すぎるからだ。
 そんな闘争にある日突然巻き込まれてしまった時、普通の人は鍵垢にするか垢消しをするだろう。しかし、敢然と立ち向かいたい人もいるだろうし、まっとうな大人ならそうすべきだ。この本はそんな時のための、ゲームで一昔前は多かった攻略本として完成度が高い。最終版、決定版を意味する「完全攻略本」と言っていい。いま社会で何が起こっていて、どういう言論・理論があるのか。それらにはどんな弊害や問題があるのか。これ一冊で、政治思想の解像度を上げることができる。
 なのでファン向けなのはもちろん、実はそうでない人にこそおすすめだ。(電子書籍でない)本というものは、人に貸すことができる。ファンとしては布教用としても活用できるのがメリットだ。

 しかし零細ブロガーの私がこんな記事を書いたところで影響力はゼロに等しいので、はっきり言って無駄だ。ではこの記事も無駄だったのだろうか? そう、細かい書評をし、どんなに言葉を尽くして絶賛したところで無駄なのだ。なので今回はエッセイとして書いている。ただ感動(フィクション作品のそれとは少し違うが)を伝えるために書いている。
 本書のあとがきからの引用になる。

既に複数の「論客」が名誉棄損訴訟に敗訴しており多額の損害賠償を命じられているが、彼らの差別的な言論や活動を通じてそれ以上の金銭を収益化することに成功してしまっている。「こんな状況下で何も考えずに”反ポリティカル・コレクトネス”をテーマにした本を出版しても、有害な潮流を助長することにしかならないぞ」という危機感は強まっていった。(555P)

 つまり著者としては、著者と異なる立場の人間にこそこの本を読んでほしいという構成でこの本を書き上げた。主張内容自体は確かにこれまで通りだが、丁寧な論じ方、そしてスタンスがかなり異なっている。

ネットを通じて眺められる「社会」と実際に人々が生きて暮らす社会はまったくイコールではない。テーマ的に仕方がないこととはいえ、本書で扱ったトピックは、世間の人々の目からすれば狭くてマニアックなものになってしまった。(556P)

 そう、世間ズレしたマニアックな内容なのだ。それでも前述の通り学ぶ価値はあると言える。文系の大卒の人間であっても、政治哲学・思想をしっかりと勉強したことがある人は少ない。私もそうで、魔界(Twitter)にいるうちにいろんな言論に触れ、巻き込まれ、ネットだけでなく本も読み勉強していった。「大学は出たけど政治哲学・思想はあんまり勉強してなかったな……」なんていう人にも最適な本だ。

 政治哲学・思想に限らず教養を付けることはなんのためなのか。かえって生きづらくなったり、人を信用できなくなったり、恋愛面で消極的になったりする弊害もたしかにある。しかし、このインターネット社会においては「自衛」こそが最大の目的となるだろう。自衛とは、既に述べたような陣営闘争に巻き込まれた時だけではない。私も再三批判してきたが「論客」は一種のカルト、これに騙されて信者になることは、金銭的な負担はさほどでなくても人生を破壊される。ある日のTLの、RTで流れてきたツイートからそれが始まることもある。それも含めての「巻き込まれ」だ。
 私は本書からそんなことを学んだ。いや、元から知っていたことだが再確認できた。誰かを好きになる(ファンになる)ことは依存の始まり、依存は信者化の始まりである。私はネットの言論活動を通して誰にも影響を与えることができなかったが、逆に言うと罪深い行為にもならなかった。改めてこれからも、ネットはあくまで自分のリアル(人生)を充実させるための活動としてやっていきたい。よくわからない敗北宣言がオチになったが、本書はそんないろんなことも考えさせてくれる良書である。